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江戸のまちにあった思いやりルール

戦もなく、平和な暮らしが続いた江戸。「粋な江戸っ子」という言葉は、いまもなお、江戸の人たちの思いやり精神を、私たちに伝えてくれています。

なんと、江戸の町人密度は、現在の東京よりも多かったのだとか! そんな大都市であり、にぎやかに、せわしなく、人が行きかっていたまち。でも、そこには、現代社会のような「イライラ」や「ストレス」はなく、人情味にあふれた暮らしがあったといいます。

そしてその根底にあったものは、「まちで暮らす人々が共に生きていくための知恵」「共に助け合おうという精神」

そんな江戸の人たちの暮らしを覗いてみると、ストレスの多い現代社会を生き抜くヒントがたくさんみえてきます。

女性(笑顔)

現代社会を生き抜くヒント!?

まちかどでのルール

現在は、車や人で混雑する大通り。ゆえに、交通ルールも決められ、信号や歩道もありますよね。それでも交通事故は多発してしまいます。一方、江戸のまちはというと・・

いまの東京よりも多い人口密度で、ゆっくり歩く人もいれば、飛脚も荷車も通る道。そこには、信号も歩道も交通ルールもないのに、人々は、なんの混乱もなく、すいすいと行きかっていたのだとか!

そこにあったのは、「七三歩き」という心得。 人々は「荷物を運ぶ人や急ぐ人に、道を譲ってあげよう。」という考えのもと、道の七割は急ぐ人や荷車のために空けておき、自分は道の端の三割を歩く。ということを、自然とやっていたそうです。

現代人が、エスカレーターに乗るときに、左側に立ち、右側を急いでいる人のために空けておく。といった感覚と同じなのでしょうね。そんな暗黙の譲り合いルール。ゆえに、交通事故も、本当に少なかったといいます。

女性(笑顔)

へぇー。素敵ねー。

また、狭い場所をすれ違うときは、お互いにタイミングよく肩をひき合う「肩引き」、雨の日に傘をさしてすれ違うときには、傘を傾け合う「傘傾げ」など、そして、当時の移動手段だった船でも、後から来た人も座れるように、さっと、こぶし一つ分腰をうかせて横にずれスペースを空ける「こぶし腰うかせ」といったもの、

そんなこんなの、相手への思いやりしぐさ(「江戸しぐさ」)を、みんなが心得ていたんですって。

また、「会釈のまなざし」といったものもあったのだとか。これは、おじぎも言葉もない、目だけでかわす挨拶のことなんだそうです。「こんにちは」「ありがとう」「ごめんなさい」を目で伝える。そして、「どういたしまして」「こちらこそ」も目で返す。だから、町じゅう、温かなまなざしが行きかっていたといいます。

女性(笑顔)

すごいわねー。

でも、いまでも、そういう名残は残っているように思いませんか?

道ですれ違う小中学生や散歩中のおじさんやおばさん、見知らぬ人でも、「こんにちは」って声を掛け合ったりする習慣。

そして、震災のときも話題になったように、駅で、人々が階段の端に座り真ん中を通路として空けていた光景や、避難所でもきちんと列をつくり、もめることなく物資をもらっている姿は、「日本人のマナーの良さ」として、世界的にも高く評価されていましたよね。

そんなふうに、私たちの中に残っている「大和魂」。誇らしいその精神は、大切に守っていきたいものですね。

対人への思いやり

現代では、仕事上の約束事や取引の取り決めなどには、必ず「契約書」や「誓約書」といった書類をもって確認し合いますよね。ところが、「粋な江戸っ子」にはそういった書類なんて必要なかったのだとか!

たとえ口約束であっても、大人も子どもも、商人同士の取引も、友だちと決めたことも、一度交わした「約束」は、必ず守る。守れないのは死んだときだけ。それが「江戸のオキテ」だったといいます。

すごいですよね。時代劇の中だけの話のようだけど、そういった精神は、実際に、日本社会に、当たり前あったのです。

また、江戸の商人の間では、店で働く若い人が失敗しても、すぐに叱ったりせず、きちんと仕事ができるようになるまで気長に待つ。なんていう「呑気しぐさ」という態度も定着していたといいます。

また、「うかつあやまり」といって、例えば、間違って誰かに足を踏まれたときでも、踏まれた側が、「わたしこそ、踏まれるようなところに足を出していてすみませんでしたね。」と謝る。といった心返しがされていたそうです。

これは、できるようになると、自分を取り巻く世界が変わります。私も、最近体感しています。

私の場合・・ こんなことがありました。

子どもを自由に遊ばせていたら、道行く人に、「あぶねーだろ、ちゃんと見てろよ!」と、声をかけられた。・・私だったら不快に思ってしまうその状況下で、「気にかけてくれて、ありがとう。」と言葉を返していた人がいたんです。

そして、自分もこういう人間であれたらいいな。と思った。

そこから、私は、プラスを数える練習をしました。具体的には「ありがとうノート」を作った。「ありがとう」って思ったときに、ちょっとメモに残しておく。それだけのノートです。

でも、そうやってプラスを数えていくと、自分を取り巻く人たちにも、何に対してでも、自然と「ありがとう」という気持ちが湧いてくるようになりました。

すると、何かの状況が発生したときにも、「いいよ、いいよ。こちらこそ、お世話になってるから、そのお礼。」と返せるようになりました。ちょっと荒い言葉をかけられても、「気にしてもらえたんだな。」と思えるようにもなりました。

すると、自然と、相手も変わってきます。「じゃあ、私にお手伝いできることはするからね。」とか、「何かあったら、いつでも言ってね。」とかと言われることがすごく増えました。

心やそれを伴った言葉というのは、不思議なもので、自分を取りまく環境までもを変えてくれるんですよね。

なので、この「うかつあやまり」、ぜひ、自分自身の中に、取り入れてみてくださいね。

女性(笑顔)

プラスを数えるかぁ。

粋な大将の口癖

🌸 「忙しい」とは、「心」「亡くす」と書く。
だから、「忙しい、忙しい」と言ってお客さまの相手をしちゃ、いけないよ。

🌸 「働く」とは、「人」のために「動く」と書く。
だから、まちの人のため、暮らしやすい世の中のため、誠心誠意、働きなさい。

心の豊かさ

江戸の人たちが大切にしていたもの。それは、「心の豊かさ」でした。それが、さまざまな「江戸しぐさ」の基本にもなっています。

「自分だけが良ければいい。」というのは、心の貧しい人の考えること、「みんなが共に生きていくため、相手を思いやり、助け合っていく。」その心があれば、あわただしくとも、楽しく平穏に暮らしていける。・・そう考えていたんですって。

もちろん、子どもたちにも、その精神は伝えられ、読み書きなどの学業だけでなく、さまざまな経験をつむことが、心を豊かにする糧になるとされ、大切にされてきたといいます。

そして、大人も、子どものお手本となるよう努力を怠らず、子どもは、そんな大人のふるまいを見て、まねていったといいます。

女性(腕組み)

「現代社会」が忘れてしまっていることが、詰まっているわね・・ 江戸の人々の暮らし方には・・

そして、初対面の人に、年齢、職業、地位などを聞かない。というルールもあったのだそうですよ。これは、身分に関係なく対等なお付き合いをするために、余計な情報は入れずに、相手を相手として見ていくための心得だったといいます。

ecoのまち

そして、「江戸のまち」は「ecoのまち」でもありました。

その根底にも、やっぱり心。どんな物に対しても、作った人への感謝の気持ちを忘れずに、「もったいない、もったいない」と、大事に、大事に使っていっていたそうです。なので、江戸のまちには、ゴミや不用品というものは存在しなかったそうですよ。

紙や金属など、再生できるものは再生し、古くなった着物は、おむつやぞうきんにしたりとして、再利用できるものは徹底的に再利用していっていたそうです。

そして、ぞうきんやボロ布も、最後には燃やして灰にし、土に還していた。そしてまた、その土で綿花を育てる。といったように、すべては循環していたんですよね。

女性(腕組み)

いまは「使い捨て」が当たり前だものね・・ ここも「現代社会」が見失っている部分よね・・


江戸の人たちの暮らしから見えてくるもの

まち全体がコンビニ

いまは、コンビニやスーパーに行けば、何でも揃っていて便利な世の中。でも、江戸のまちは、全体が、そんなコンビニのような状態だった。と考えるとどうでしょうか?

みんな自分の仕事に一筋。でしゃばらず、自分のできる精一杯をそこに費やす。・・そば屋さんがあって、お茶屋さんがあって、ちょうちん屋さんがあって、着物屋さんがあって、本屋さんがある。

そして、そこには、人と人との交流も生まれていく。それを作った人の心も見える。だから、大切にしようという心も出てくる。

現代のコンビニやスーパー、そこにあるのは、金銭のやり取りだけ。でも、やっぱりそれだけじゃ足りないと気づかれ、「宅配サービス」だったり「買い物補助サービス」だったりという形で、一人一人に合わせた形が模索され始めていますよね。

そしてお店の在り方も、いろいろなお店や専門店が並ぶ「○○モール」や「○○タウン」というものが広がってきています。少し前の「商店街」といった形に似ていますよね。

また、何でも揃っていて24時間営業のコンビニや飲食店も便利だけど、「24時間営業という在り方」も見直され、営業時間縮小していく傾向にもあるといいます。

つまり、温故知新で、いろんな形に変化していっている。ということですよね。

「この世にいらぬ人間なし」

結局は、自分たちが望む方向に、経済は舵を取ってくれるということ。つまり、最初が「自分」で、次が「経済」でいいってことなんです。

私たちの中には、相手を思いやり共生していこうとする「大和魂」が、いまでもちゃんと残っているはず。それが、現代人は、「社会」が先あって、そこに「自分」を合わせようとするから、心がどこにあるのかわからなくなり、ムリが重なって「ストレス」や「イライラ」になる。そして相手を思いやる余裕もなくなっていっている。

だから、まずは、自分の心に正直になりましょう。そこから、さまざまなものを選んでいけばいい。

「みんながこうだから、」「常識的にはこうだから、」じゃなくて、「自分がどうしたいか?」でいい。その結果つくられていくのが「社会」なんですよね。本来は。

「ストレス」や「イライラ」からは、窮屈な社会しかできません。でも、思いやりの心や共生の心からは、人情味に溢れる社会ができていくのです。

「江戸しぐさ」の中には、「この世にいらぬ人間なし」というものもあるそうです。・・一人一人の人間が集まることで、世が成り立っているということですよね。

江戸の人たちの暮らしから見えてくるもの、それは「心」の在り方。

いまを生きる私たち。ぜひ、まずは「自分の心」に、耳を傾けていってみましょうね。

<参照文献>「江戸しぐさ」から学ぼう 第1巻、第2巻、第3巻 汐文社